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2013年12月

2013年12月27日 (金)

解決(正確には解決金ではなく賠償金のような)

もう年に数回しか更新しないブログになってしまって、なんともはや忸怩たる思いもありつつ・・・
以前書いた話に進展があったようですので、年の瀬にやや辛気臭い話を。

以前に書いた話とは、「出走拒否と損害賠償(高知競馬) 2012.07.17」です。
今、見直しても、相当まとまってないなと思うことしきりですが、ともあれ、昨年6月に始まった裁判の結果が出た模様。
込み入った経緯はネットで検索かけるなりしていただくとして、結果の話を。

ネットの方には記事が出てないようなんですが、今日付けの高知新聞23面社会3に載ってました。
見出しは「県競馬組合 解決金770万円」です。
ざっと内容をまとめると、

●出走拒否に対して得られたはずの利益、慰謝料を請求する損害賠償訴訟
●競馬組合は出走拒否が適切ではなかったと認めた
●損害賠償額の調停をしていた(→競馬組合が敗訴の形)
●11/8に調停成立、金額はトータル770万円(当初要求額は4481万円)
●余談ながら、組合内で賠償金を盛り込んだ補正予算成立、2012年度決算も承認

なにはともあれ、決着したということで、よかったなと思います。
当事者的にはいろいろ思うところもあるし納得いかない部分もあるとは思いますが、膿を出すことができたのは文字通り、よかったと言っていいんではないでしょうか。
問題が発生したのは残念だけど、出走拒否状態自体は実質5か月(2010年5~9月)で解消されてて、あとはどういうケジメをつけるか、というのが課題だったのだと思います。
もちろん、5か月という期間も大概遅いとも言えますし、脱会馬主さんたちの仮処分申請で話が進んだのも否めませんで、後になって言えることですが、脱会馬主さんたちには感謝をしなければならないのかな、と思うようにもなりました。

ナイター競馬開始以降を振り返ってみると、

(2009年)
7月 ナイター競馬開始

(2010年)
4月 馬主14人が馬主協会を脱退
4/26 県競馬組合、脱退馬主からの出走申込を拒否
?? 脱会馬主が高知地裁に出走権の確認を求める仮処分を申し立て
9/22 高知地裁、出走権を認める仮処分
9/26 協会馬主、競馬組合に「出走拒否」文書通告
9/29(27?~) 十河副知事、馬主協会幹部達と調整、なんとか説得

(2011年)
3/11 東北地方太平洋沖地震
同3月 黒船賞開催中止

(2012年)
6/6 馬主8人が出走拒否のために得られなかった手当・賞金、慰謝料の損害賠償を札幌地裁に訴える

(2013年)
3月 福山競馬場廃止

以前の記事の内容をちょいと流用してます。

2010年当時は、ナイター始まって1年経ってないのに早くもケチがついたな、と思っておりましたが。
その後の出来事も加味してみると、あのタイミングで問題化してないと、諸々の状況とごっちゃになっただろうな、などと思ったり。
それから、完全なる想像ですが、損害賠償請求訴訟のタイミングも、もしかしたら、脱会馬主さんたちが配慮してくれたのかな、と。
2010年は当事者間協議をしてたとしても、訴訟に至るのであれば、遠隔地だから協議しづらい部分を差し引いても1年も話し合えば十分でしょうしね。
2011年、東北を応援しよう!とは言いつつ訴訟で出走拒否した責任がどうの賠償金がどうのというのが表に出ると、いまひとつノリが悪くなったかもしれないですし。
また、2012年のタイミングで出走拒否してると、今度は福山競馬の人馬を受け入れるのに支障が出てたかもしれないし、福山の関係者からも「高知に行って大丈夫か?」と思われたかもしれないわけで(規模とかレベルとか、あるいは出走拒否云々以前の収支的な話でそう思われてた可能性は全く否定できませんが)。
端的に仮定を言えば、下村瑠依&トニフィカーレの黒潮マイルCS制覇はなかったかもしれない。

なんだかんだで、いい方に進んでこれたんだな、と思います。
この件に関しては、馬主間の対立に、改革されてきたようでまだぬるかった競馬組合と3者が入り組んだ形になってて、一方に肩入れしたくなる気持ちもあれば、いやいやそうとばかりも言えないぞ、と落ち着いて考えにくくて、ぶっちゃけると「一体全体、どーなんだよ!」てな感じでしたが。

今後もなにかと問題が持ち上がるような気もしますが、関係者の努力に期待して、高知競馬が続いて楽しみを提供してくれることを祈ります。
その期待の表れとして、ワタシの馬券購入金額は年々増加しておりますので(笑)

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